書く意欲を失ったということについていま私が書けること

さえこです。

 

もう長いことなのだけど、「書く」ことへの意欲をほぼ失った。

何かを書きたい、という思いだけがそこにあって、でも、書き始めるとどうしても手が止まってしまう。

 

何かを書きたいと思う。

なによりも自分自身のために、私は何かを書かなければいけないと思う。

じゃ、それって何なのだろう?

 

私にとって、書きたい題材は、昔からずっとずっと変わらず、自分自身のプライベートなこと。

そして、書きたい場所は、またこれも昔から変わらず、パブリックな場所。

 

読む人の目を気にして表現を曖昧にしたり、きわどい部分をカットしたり、というのが私にはできない。

どこまでも自分のことを全部さらけ出してしまいたい。

生活のこと、家族のこと、性のこと。なんでも出し切らないと、私にとっては書く意味がない。

だからこの日記では、ふつー書かないでしょうよというような事まで何でもかんでも書きさらしてきた。

 

でももう今の私はネット上のanonymousにはなれない。

隠すべきことは隠しておかなければ、主に家族を中心として色々と問題が起きてしまう。

旦那さんの仕事にも迷惑がかかるかも知れない。

 

そんな世間体やらなんやらを配慮して書ける範囲のことだけ書いたって、私は何も楽しくない。

 

そしてまた私は、自分のためだけには書けない。

とてもプライベートなことを書くけれど、それを書く目的は、あくまでも誰かに読んでもらうためなのだ。 

なので詰む。

 

ちなみに私はもう12年もTwitterを続けている。

最初は公開でやっていたけど、確か妊娠したくらいから鍵を掛けるようにして、ごく限られた人とだけ繋がっている。

そしてどうしても言いたくなったことはTwitterで言う。

たったの20数人にしか届かないのは本当は悲しくはあるけれど、「この人にならだいたいのことは知られてもいい」と思えるような人は、せいぜいそのくらいしかいない。

 

たくさんの人に読んでもらうことと、書きたいように自由に書くことを天秤にかけたら、後者を取らざるを得ない。

 

それでもまだまだ、もっと深く書けたらいいんだけどなぁ、と思うこともある。

 

だけど、仕方ないんだろうなぁ。

 

 

金沢

お久し振りです。さえこです。
包み隠さず本名のさえこです。
お久し振りですね。(しつこい)



今、私は金沢にいます。
運命とは数奇なもので、ノブさんの故郷・石川県にやってきたわけです。
あと何年、ここに住むことになるかは分かりませんが、想像していたよりもずっと良い場所です、金沢は。



金沢に住むきっかけ(と言うか関連イベント)の一つに、2年前の石川家族旅行があります。


夫がビジネスに絡んで金沢の現地調査に行ってみたいということだったのですが、
そのビジネスに対して当時否定的だった私は旅行にも乗り気ではなく、
「1日は現地調査に費やしてもいいが、1日はノブさんの実家へお墓参りに行かせてくれ」
と交換条件を出しました。


そのような訳で、2013年9月、6年ぶりに輪島の地に足を踏み入れました。


空港からレンタカーを借りてノブさんの実家へ。
何も変わらない見事な田園風景の中に、あの時のままのノブさん家がありました。


事前に連絡していたので、お父さんとお母さんはケーキを用意してくれていました。
夫と息子を紹介して、しばらくお話をして。
仏壇に手を合わせて。
たくさんのご先祖様とともに、ノブさんの遺影も壁高く飾ってありました。


おばあちゃんも変わらずお元気でした。
夫を一目見た瞬間、おばあちゃんは、


「ノブちゃんによう似とるね」


と言いました。


そうなんです。私もね、今までそんな風に思ったことはなかったんですけど、確かに似ていたんです。
夫自身も、ノブさんの遺影を見て


「今まで似てると思ったことないけど、あの写真は俺に似てると思った」


と言っていました。


ノブさんはスーパーウルトラ垂れ目なので、夫とは正反対なんだけどねー。不思議なものです。




その後は少し離れた墓地の方へもお父さんが連れて行ってくださって、お墓でも手を合わせてきました。
さらにその後、能登観光でもどうかということで、千枚田などの名所へ連れて行ってくれました。
お父さんの車の後から我々の車が付いて行く形だったのですが、
お父さんの運転が信じられないくらいのスピード感溢れるものだったので、


「息子さん交通事故で亡くなってるんだから、もっとゆっくり走ってーーー!!」


と本気で心臓が縮みました。
でもそういう剛毅なところとか、行く先々でもパパッと見て回って「さ、次行くか」とちゃっちゃと車に乗り込むという感じがいかにも大らかで能登の男という感じでとてもよかったです。
お母さんも相変わらず優しくて穏やかな方で、可愛らしさもそのままでした。



この旅行の時点ではまだ金沢に移住することになるとは思いもよりませんでしたが、
2年経った今、金沢で暮らしている自分にはびっくりです。
こんな予測不可能な人生をバンバンぶつけてくる夫には日々感謝しております。



これからも頑張って生きていきます。
それでは。

何度聴いてもテンションの上がる洋楽25選

歳をとるほど音楽の趣味って固定されてきて、
新しい曲に触れる意欲が湧かなくなってくるという事はあるものの、
それでも何年経っても聴き続ける曲ってありますよね。

今日はそんな私のベストミュージックを唐突に紹介します。
あまり聴かない曲はすぐPCから削除してしまう性格ですが、それでもずーっと入っているようなやつ。
基本ミーハーなので、どメジャーな曲も多々混じってくるかと思います。
順不同。

Phoenix - 1901


オフィシャルPVは日本で公開されていなかったのでこちらで…。PVもいいんだけどなー。
Phoenixはこの曲でガラッと方向転換しましたね。その中でもとにかく秀逸な一曲。最高。

Aphex Twin - Avril 14th


キレイな方のAphexは美しい曲群の美しさが際立っているけれど、この曲はそれらの中でも群を抜いていると思います。

Fatboy Slim - Praise You


名曲ですね。
この曲を知った当時、何か分かんないけどこの曲はすごいぞ!という興奮を覚えたものです。

Outkast - Hey Ya!


PVがまたいいのだ。バンドメンバー全員Andre3000で。
ギターキャラがやたらキザなのとか、黄色い歓声で卒倒する女の子とかのベタな感じ。
ボーカルの身長がどんどん縮んでいくような気がするのは気のせいかな…。

Natasha Bedingfield - Unwritten


前回紹介したばかりですが、やっぱり好きなので。
歌詞が最高です。私のテーマソングです。→NATASHA BEDINGFIELD - UNWRITTEN LYRICS

Delorean - Moonson


スペインのバンド。何と言ってもバンド名が良い。
多幸系好きなので、彼らの曲がほんとにツボです。

Washed Out - New Theory


ドライブ中に爆音で流すと燃え上がる、夫婦共に好きな曲です。
サビの「トゥールルールールー」を2人で叫びます。

Passion Pit - Sleepyhead


初めて聞いた時は衝撃を受けました。こんな音楽聞いたことない!そして人生初の試聴からのアルバム即買い。
ボーカルがエフェクト?ってくらいの高音ボイスで、それがクセになるのです。

Passion Pit - Carried Away


もう一曲、Passion Pitの最新作から。上の曲と比べると打ち込み色が弱まりポップス寄りになっていて、より私好みです。
PVが粋でおしゃれなんだよね。女の子がむちゃくちゃ可愛くて。
こんな恋したい…。

Ben Lee - Cigarettes Will Kill You


芸歴20年のオーストラリアの大御所ミュージシャンですが、この曲は初期のヒット作。
優しくて少し物悲しい、でもあたたかさがある素敵な曲です。
この曲を聞くと雨を連想します。

Cajun Dance Party - Colourful Life


いわゆる期待の新人というやつだったんですが、残念ながら2009年に解散しています。
ポジティブでハッピー、でもどこかレトロな音がたまらんです。

Bjork - Hyperballad


ビョークから一曲…難しいけど、「上がる」のはこれかなーということで。
PVが可愛いよう。

Foo Fighters - Learn To Fly


なぜかノエビアのCMに使われていたことが印象的です。PVのキモさは指折り。ノエビアの方もパイロットだったな。
彼らも名曲揃いなので選ぶのは難しい!

Foo Fighters - The Pretender


という訳でフーファイもう一個!
こっちのPVは「Learn To Fly」とは打って変わって超オシャレ&テンション上昇度も文句なしです。
こんなに馬ヅラなのにこんなにかっこ良くていいのかな?


James Yuill - No Surprise


優しい!優しいよ!包まれるよ!そっと抱かれて眠りにつきたいよ!
この風貌とスーパー草食な歌詞もまた良いです。→James Yuill - No Surprise Lyrics | LetsSingIt Lyrics

Red Hot Chili Peppers - Pretty Little Ditty


レッチリはほんとにもう挙げればキリがないのですが、どうしても挙げておきたいのがこれ。
JohnとFleaメインのインストです。敢えて言おう、レッチリはこの曲が一番カッコいいと。
映像は断然ライブを推したい。この頃のJohnはファッション、髪型、退廃的な佇まい、全てが超絶しびれます。

Red Hot Chili Peppers - Can't Stop


さてレッチリでテンション上がる曲と言えば、人気ランキングで必ず上位に上がるこの曲を挙げないわけにはいきません。
PVも何度見ても見飽きない〜。みんな可愛い〜。オープニングで皆がトットットッて走っていくのが最高〜。

CSS - Music Is My Hot, Hot Sex


iPodのCM起用でブレイクしたブラジルのバンド。
本人達はわりとむっちょりした風貌なんですが、音楽はクールでおしゃれ。

Hard-Fi - Hard To Beat


いかにもイングランド出身て感じのバンドですね。
どうも私はこういうディスコまたはエレクトロ要素のあるバンドが好きなようです。
これを聴いていると無性に叫びたくなるというかワナワナしてきます。

Linkin Park feat. Jay-Z - Numb/Encore


Numbもいいけど、こっちのバージョンの方がテンション上がります。カッコよすぎやろ…。
what a hell are you waiting for??

The Jesus and Mary Chain - I Hate Rock 'n' Roll


ジザメリの中では、(現時点では)最後のアルバムであるMunkiが一番ポップ色が強くて好みです。
シングルカットされたこの曲を挙げましたが、シングルカットされていないBirthdayという曲の方が個人的なNo.1ブチアゲソングです。→The Jesus and Mary Chain - Birthday - YouTube

Owl City - The Saltwater Room


この流れで突然のOwl City
Owl Cityは全般大好きですが、特に女性ボーカルとの掛け合いがすばらしいこの曲は素敵です。

Eminem - Lose Yourself


サビに入る直前の「ムベラ!」っていう掛け声が好きです。(そこ?)
ついでに「8mile」もお気に入りの映画です。

The Verve - Bittersweet Symphony


ほんといい曲ですよね〜(小並感)。

U2 - Vertigo


U2は特別思い入れのあるバンドではないけれど、この曲はとても好きです。タイトルがいいよね。
さっきから「好きです」っていう感想ばっかりだな…。



以上25曲でした。
本当は50個くらい選びたかったけど息絶えました。
一体何の役に立つのか分からないですが、実はこれは私自身が以下のサイトでプレイリストにして聞くために書きました。

BGMs.me - Create and Share Youtube Playlist

→プレイリストはこれ。
BGMs.me 何度聴いてもテンションの上がる洋楽25選 - 日記かもしれない 26 movies / 1時間38分52秒 - Create and Share Youtube Playlist


それではまた〜。

Today is where your book begins;The rest is still unwritten

Natasha Bedingfieldという歌手の「Unwritten」という歌がとても好きです。
2005年の曲で、当時の日記でも好きだと書いているんですが

今日の一曲「Unwritten(Natasha Bedingfield)」 - 日記かもしれない
もう10年も経つ今でもとても好きで、ずっとiPhone(昔はiPodか…)に入れ続けている一曲です。


もちろん10年越しに好きな曲だけならいくらでもあるのだけど、
この曲は特に私にとってはスペシャルなもので、何だろう、自分の人生の道しるべのような感じです。


曲もいいですが、何より歌詞がすごく素敵なんですよ。


自分の人生は他の誰が代わることも出来なくて、自分自身で体験するしかない。
予め決められた人生なんてものもない。自分で作り上げていくんだ。

そんなメッセージを、人生をまっさらなノートにたとえて歌っています。


全体的によく構成された歌詞だけど、
「誰もあなたに代わってあなたの言葉を語ることはできない」
という所が、特にいいです。


以下はサビの部分です。

Feel the rain on your skin
No one else can feel it for you
Only you can let it in
No one else, no one else can speak the words on your lips
Drench yourself in words unspoken
Live your life with arms wide open
Today is where your book begins;The rest is still unwritten

大切なものを失うこわさ

saekiemi2013-04-18


別にまだ失っていないですが、最近よく考えるので書き留めておきます。


ええと、今の私は結婚をして、有り難い事に元気な子どもも授かって、家族三人で慎ましやかに(笑)幸せに暮らしています。


子どもというのは信じられないほどに無条件に可愛いものです。


私はこれまでとても自由に人生を謳歌して生きてきたし、だいたい何でもやりたいようにやってきたし、だいたい望むものを手に入れ、望むことをやってこれたと思います。
特に社会人になってからの人生の自由気ままさと言ったら。
お金は驚くほど持ってなかったけど(転職前は年収260万だった)、まぁ好き勝手やってました。
もちろん、その代償として周囲の人間を時に傷つけながら。
でも、自分が一番可愛いからね、自分の欲求・意志のためには、周囲の犠牲も厭わない、と言うか、やむを得ない・致し方ないと思っていた。
良く言えば強かった。
良く言わなければ傲慢だったわけだ。


で、まあおおむね人生は好きに楽しんだから、結婚しようと思える素地が整いました。
悔いはまあ、ないかなと。
で、結婚した。で、妊娠して出産した。


そしたらまあ世界はグルングルンに大転回しました。
今まで私が思っていた「人生、だいたい楽しい事は一通り経験できたっぽいな」という感覚は完全に吹き飛び消え。


まさか、まさかこんな一大イベントを、私は、全くの未経験のままそっくり手つかずで残していたのか!


予測もしない展開に自分でも驚きました。信じられない。


何となく子どもは欲しいなと思っていたし、子どもを持つ親たちの幸せそうな様子もちらほらと見聞きしているし、元々ポジティブには捉えていたけど。
でもせいぜい「人生のオプション」程度にしか考えていなかったんでしょうね。
なけりゃないでいいけど、あればもっと楽しめるよ、的な。


違いましたね。
なけりゃないで人生を楽しめるのは間違いない。そこは否定しない。
でも、子どもがいる人生、これを知るとね。
人生が豊かになるとか、そういうレベルではない。
違う世界にワープしてきたような気持ち。
空気や水のように、それは「なければいけない」レベルの存在になる。
この感情を何かに例えるのは本当に難しいけれど、
ものすごく面白い小説と、ものすごく気分の上がる音楽と、ものすごく美味しいごはんに大量に囲まれているような感じ。
毎日どれでも選び放題。毎日新たな発見と喜び。
そしてそれらは尽きる事がない。


そしてその素晴らしき世界に招かれてしまった今、私は、元の世界に戻ることはもう出来ないだろうと思います。
もし、子どもが事故にでも遭って死んでしまったら、そんな貧しく虚ろな世界で生きていける気がしない。


無邪気に笑いながら私にすがり付いてくる子どもを見ていると、時折悲しくてたまらなくなります。
「これはいつか失うものなんだ」という事実に対峙せざるを得ないからです。


昔の私は、恋人や友人を失うことを恐れなかった。
別れは悲しいし辛いけれど、それは仕方ない事でもあると、ある意味割り切れていたからです。
でも今は失うのが怖くてたまりません。


そして、それでもなお、それはいつか失われるという事実がそこにあることが、悲しくてたまらない。


ここで私が感じている「失う」という感覚は、子どもの存在自体ではなくて、「今ここにある幸せ」という、もう少し漠然としたものに対する感覚です。
今の私は、どう考えても「いちばん幸せ」なところにいる。
(幸せという曖昧な価値観に「いちばん」という表現は不適切とは分かっているけど、それでもあえて)
そしたら、それはもう、後は落ちるしかないじゃないか。
何かが未来永劫続くということはない。平家物語だって言ってるし。



私はこれまで何度も言ってきたように、生まれてからこのかたずっと幸せでした。
いつでもハッピーでラッキーな人生を歩んできた。
それがいつか失われるかも知れないとか、考えた事もなかったんです。


でも今は怖い。子どもを失う事が、旦那さんを失う事が、この光に満ちあふれた人生を失う事が怖いです。

いつかうしなう怖さを知ってく そして守れる強さをほしがる
 -鈴木亜美「ねがいごと」

だから、強くならないといけないんだね。

大切な人のこと

wedding

お久し振りです。たまには日記書いてみよう。


ところで、結婚しました。
あと、妊娠もしました。


結婚したのは2010年の冬で、妊娠の方は去年の晩秋。
数年前の私だったら、28歳で赤ちゃんを授かっているとは思っていなかったでしょう。


結婚相手さんは、このブログでも以前、「最近付き合い始めました」と紹介した彼です。
彼は私のすべてと言っても過言ではない方です。
こんな私とやっていける人なんていないだろーと思っていた私にあっさりと最適解を提示してくれた人です。
めちゃくちゃ大切にしてくれる、弱ってる時には支えてくれる、でも基本放置してくれる、ほとんどあらゆる事に口出しせず尊重してくれる。
付き合う前は、その放置っぷりやクールっぷりの方が気になってしまい、
「なんか好きとか付き合おうとか言ってくれてるけど、この人本気じゃねーんじゃないか…」
と思いなかなかお付き合いに踏み切れなかったのですが、いやあそこで彼が諦めずにアプローチし続けてくれて本当によかったと思います。
あのアプローチがなかったら私はきっと今も霧の中をさまよってました。


きっと出会ったタイミングも良かったんだろうね。


ちなみに、いまだ彼とは喧嘩をした事がありません。
ほんの些細な言い合いさえも起きないです。
恋人同士ってぶつかってなんぼみたいな所があると思っていたのに、いざこういう関係を知ってしまうと、喧嘩なんてないのが一番!って思います。
お互い我慢してるわけではなくて、ごく自然に、ただ喧嘩にならないんだな。


でお付き合いが始まり、色々と波瀾万丈を経てプロポーズを頂いて結婚。
その後、3.11が起きて二人の生活にも少なからぬ影響があって、
お互いの仕事にも色々あって、私は過労でちょこっと参ったりもして、で、妊娠。


妊娠に至っては、生活も安定したし、よし子作り始めましょうと話し合った途端に即ご懐妊で、さすがに妊娠検査薬が陽性反応を示した時は一人トイレで爆笑してしまいました。(笑)
まあそんな有り難い結果となり、今赤ちゃんは私のお腹の中で絶賛すくすく成長中です。


彼と出会う前にも本当にたくさんの事があったし、
彼と出会ってからも負けないくらいたくさんの事が起こりました。


点が線になっているのかどうか、私にはまだうまく実感は出来ていません。
彼と出会ってからの私の人生は、私にとっては、ちょっと生まれ変わったような感じがするから。


でも、私個人としては、私の点は連綿と線を形成していることは間違いない。
その中で、私と彼の真新しい何かがスタートしている。
うまく表現できないけど、そういう感じがします。


初夏にはそこにもう一人のメンバーが加わって、また新しいスタートを切ることになるんだよね。
全く想像もつかないけど、不安とか楽しみとかよりも、ただただ不思議な感じ。
ドキドキする。


で、ドキドキする事が、私の人生にとってわりと一番重要なんですよね。


彼は、私にいつでもいつまでも、いろんな意味でドキドキを与えてくれる人です。
よくもわるくも。(笑)
でもわるいことだって、結果的にはよいことなんだよね。

元彼(と呼んでいいと思われる人)と14年ぶりに会った。


※これは2011年12月にmixi日記に書いたものですが、2014年5月にこちらのはてな日記に転載することにしました。
表題の件について、色々と感じたことをtwitterで殴り書きしたものをまとめています。
転載にあたり、多少読みやすく改変しています。


今日、元彼かも知れなかった人と十数年ぶりに会った。
私のコア時代を全く知らない相手に向かって自分のこれまでを説明するという行為を通じて気づいたのは、私は実はこれまで結構辛く困難多くアンハッピーな人生を歩んでいたのかも知れないという仮説である。


かねてから言いまくってるように私は生まれてこの方自分を不幸とか大変とか思ったことがない。
生きていくのに必要十分な資質を与えられたし、家族には恵まれてるし、環境も申し分ないし、なんか何でも上手く行くし、嫌な事も辛い事も大したレベルではなく、とにかく恵まれていて超幸せな人生だったと思っている。


しかし今日彼に14歳から28歳までの自分の半生を説明してみたところ、
「随分大変やったな」
「でも今はこれまでの分を取り返すくらい幸せって事で、やっとお前の番が回ってきたって事なんちゃうか」
というような事を言われて、
「いや今までも十分幸せだったけどね」と言い返しつつふと気付いたのである。


まるで私がかわいそうで恵まれなかった子みたいじゃーん、って思いつつ、
あれ、ひょっとして私はある面では多分にそういう人生だったんじゃないか、って。
その事実に真正面から向かい合う事が出来なくて、自分はずっとしあわせだと信じ続けていたのかもしれない、とも思ったわけだ。

とは言え自分が非常に恵まれた環境に置かれていて、色々なものも与えられてしあわせに生きてきたという事も、もちろん疑いのない事実だ。

でも「幸せな私」の裏側に常にぴったりと張り付いていた違和感があった。
「こんなに幸せなのに一体私は何をこれ以上求めてるんだろう」という思いが、14歳くらいからずっと私を悩ませ迷走させていた。
そしてそこから解放され始めたのが、25歳くらいだったんじゃないかと思う。


旦那さんと出会って底が抜けるほどの充足感を手に入れて、仕事も大変だけどやりがいがあって、結婚して子どもまで授かった。
で常々「私みたいなろくでもない人生を歩んできた人間がこんな幸せ手に入れていいのか悶々」とも思っていたのだけど。
彼の言う通り「私の番」が来たと考えればいいのかな。

やっぱり、私達3人の娘達は母親の影響を色濃く受けているのだなあ、と思う。
その影響の発露の仕方そのものは娘たちそれぞれの性格を反映して異なってはいるけれど、根っこにあるものは結局のところ同じなのだろうな。


「私は幸せになりたい(だけど私は幸せになれない/或いはなる資格はない)」


かくも母と娘は強く深くつながっている。
それ自体は必要で、良い事だと思う。
ただ重要なのは、自分がどのように母の影響を受けているかを「正しく」把握する事だと思う。
どんな娘でもある程度の年齢になればその事実を自覚するようになる。でもその事実を「正確に」分析するのは非常に困難だ。


「こうであってほしい」という願望、ある種の責任転嫁。
深層心理下における、自分から母への正と負両方の思いと願望が事実の把握をねじ曲げる。
母と自分の関係性のストーリーを、無意識下の自分にとって都合の良いように作り上げてしまう。
結果、見当外れに母を責めたり自分を責めたりする。

結論言うと、私は自分のお母さんの事を何も責めてないし、基本的に自分に起こった出来事は全て自己責任だ。
だけど、母が私に繰り返し伝えてきたメッセージ抜きに私は自分を語れない。
受容したにせよ、反発したにせよ、結局のところ私は母のメッセージをトリガーに価値観を形成してきたのだから。


それは、やっぱり、父でも歴代彼氏でも友達でも教師でも好きな作家でもアーティストでも、鈴木亜美でさえもなくて、母親なんだよな。きっと、たぶん。

で、25歳からの私は、ようやく母からひとりだち出来たって事かなぁ。自分で立つ事を覚えたから、惑わなくなったのかな。

私が自己啓発本嫌いなのは、自分の足で立たずに他人の言葉に寄りかかって生きることに本当の救いはないと思っているから。
誰でもその人自身の中に答えがあるはずなのに、それを探す前に、他人の出した(その人にしか効かない)薬をとりあえず飲んで、対症療法で治癒した気になってるだけって感じがするんだ。

という訳で、今の私は、自分用にカスタマイズされた専用薬を自分の中に発見して、あ〜なんかめっちゃラクになったわ〜いいんかな〜みたいな感じな気がする。
でもまだ、どうやってその薬を見つける事が出来たのかは正確にはわかってない。


そこを解明するのが残された課題な気がしている。なう。


なんて事を、ミナミ氏に久し振りに会って思ったわけですよ。

14年も会ってないと、懐かしいとか通り越してもう、訳分かんないですね。他人ですね。
顔も記憶とぜんぜん違ったし、
当時私たちがどんな会話をしてどんな風に遊んでたのかなんてほぼ覚えてないし
(だいたい13歳と18歳の間にいったいどんな会話が成り立っていたのだろうか?)、
彼が私の何を好きで、私が彼の何を好きだったのかもすっかり忘却の彼方。


何しろ彼は、私が鈴木亜美ファンであることを知らないのだ!
14年前に亜美ちゃんはデビューしてないからね!
そんな人、私の周囲には今は一人もいない。


が、そんな状態で会って話をしているうちに、
何となくだけど、自分が彼のどういうところを好ましく思っていたのかが再発見されたような感覚があった。
他者のどういうところを好きになるかっていうのは、何年経ってもその根源は変化しないもんなのかもしれない。



それにしても、何となく彼は不幸な人生を歩んでいると想像していたので(超失礼)、
とても人生を楽しんでいそうな感じで、それは良かったと思います。
たぶん彼に対して色々と恨みつらみ(笑)があったがために、
「てめえなんざ不幸になってやがれこんちくしょう!」みたいな無意識も働いてたのかもしれない(笑)。
でも普通に、幸せそうなんで、ごく単純に良かったなーと思いました。



ま、そういう訳でですね。
最初は特に何の前予想もなく、単純な好奇心で会っただけだったんですが、
実際会ってみると色んな事実を発見したり、再確認したりしたので、
書き留めておきたかった次第です。