帰省

午前中のバイトをこなした後和歌山に帰省した。
お昼に唐突にお父さんに「今から帰るから」って電話してみたら「また急な話やな」と言われた。すません。
お父さんは相変わらず家にいつかない人なので、電話した時もどっか外にいたみたいで、いったん家に帰るけど夜にはまた出て行くとのこと。
(一体彼は毎日毎晩何をしているのか私には想像もつかないが、小さい頃からそれが当たり前だったので「父親は夜は遊びに出かけるもの」という変な定義が私の中には出来上がっている)
話をつけて、夕食だけは一緒に食べに行く約束をして和歌山へ向かった。


駅まで迎えに来てくれて、近くのお店に食べに行った。
お母さんから許可も得たので、「最近お母さんはどうなんや?」と聞かれて「実は再婚して今横浜にいる」と答えた。お父さんは相当びっくりしたみたいだった。そりゃそうやな。
多分ショックも受けただろうし、何ともやりきれない気持ちもあったんじゃないだろうか。
別れる気がなかったのに、相手に別れたいと言われて、別れて、んでその相手が今では別の人と一緒になってるなんていうのはどう考えても気分のいいもんじゃないもんね。
「お母さんは昔から理想を追い求めすぎるような性格やから。東京とか、横浜とか、そういうのだけで憧れみたいな感じで行ったんとちゃうんか」とお父さんが言った。
私は黙って聞いてた。
「お父さんの方がいいと思わんか?ちゃんと働かんわけでもないし、給料を家に入れへんわけでもないし、ちゃんと家にも帰るし。お父さんがどれだけちゃんとしてたか、お母さんは今頃気づいてるはずや」


お父さんがそう思う気持ちはよく分かる。確かにお父さんは、私たち娘の父親とは思えないくらい、地味で、真面目で、堅実な人だ。職業は公務員。
だけど毎晩遊びに出て行くような人が果たしていい夫なんだろうか。「ちゃんと家に帰る」って言うけど、お父さんは、仕事が終わって帰宅して、夕飯を食べて、お風呂に入って、着替えてから遊びに出かけてたのだ。そんなの残業後に飲みに行って午前様になるサラリーマンよりタチが悪い気がする。
もちろんお父さんだけが悪いとは私は思っていない。お父さんが言うように、お母さんはあんまりにも夢見少女すぎる。現実を分かってない感じがある。お父さんとは対照的に、華やかで派手で都会的なものを好む。それ自体は悪いことじゃないけど、お母さんの描く理想像は和歌山の片田舎で公務員の夫を持って実現するようなもんじゃなかったのだ。
どっちもどっちだよ。と私は思う。


「お金を持って帰ってくればそれだけでいい夫ってわけじゃない」
と私は言った。
「お父さんにも悪いところがあるし、お母さんにも悪いところがある。結局お父さんとお母さんは合ってなかったんよ。ちょっと違いすぎたんやと思う。どっちがどう、っていう問題じゃなくて。お母さんが夢を追い過ぎるようなところがあるのは私だって思うよ。だけどもう、お母さんはお母さんのやりたいようにやらせようよ。もういい歳なんやから、他の誰が口出しすることでもないよ」
だけどもちろんお父さんは私のその意見には不服そうだった。
私もそれ以上は言わないことにした。


お姉ちゃん二人の事も色々と聞かれたので色々と答えた。お父さんはこっちも相当不安なようだった。
「ヒロミはうまくいかんと思うけどな・・・」とお父さんが漏らす。ヒロミちゃんは今、彼氏さんと一緒に住みながら働いているのだが、このカップルも長続きしないと思っているみたいだ。まぁお父さんっていうのは娘の彼氏に対しては不満を持つもんだ。
ユキエちゃんのことは更に心配していた。「いっぺん、和歌山に帰ってゆっくりしたらどうか、ってお前から言っといてくれよ」と言われた。ユキエちゃんとは、2年前の夏お父さんが胃ガンにかかった時にお見舞いに来た以来会ってないそうだ。
ユキエちゃんが和歌山に戻ってくることはないんだろうと思う。少なくとも今は。


家に帰ってからヒロミちゃんと電話で話をした。お父さんと色々話したことを伝えてから、「今度暇を見つけて三人で一度色々話し合ってみよう」と提案した。ヒロミちゃんもお父さんの体のことや精神面のことを気にかけてた。三人で揃って和歌山に帰ってお父さんに顔を見せることができれば一番いいなと思った。だけど、まだしばらくは、そんな事はできないんだろうなと思った。


夜中に家を出て、近所をぶらぶらと歩き回った。向かいの家の前に置いてあった縁台に勝手に座って自分の家を眺めてるとどうも感傷的な気分になった。
この、おっきな一戸建てを見ると、家族五人で暮らしてた時のことをどうしても思ってしまう。そんな時もあったんだなぁと思う。今はバラバラなのに、あの頃は一緒に住んでたなんて不思議だ。
隣の家は従兄弟の家、なのに、従兄弟にもおばさん夫婦にも10年くらい会ってない。私がここに住んでた頃から既に会ってない。一体あの家族は何をしてるんだろう。
今は住宅がたくさん立ち並ぶ家の前も、昔は広い空き地と廃工場があった。よく従兄弟とそこで遊んだ。その廃工場だってさらに昔はまだ現役だった。
ありきたりだけど、時代は移り変わるんだなぁと痛感した。家だけは昔のままだ。だけど、庭はすっかり植物がなくなってた。世話するお母さんがいないから当然なんだけど。


このままセンチメンタルな勢いに任せていっぱつ泣いてみようかとも思ったけど、それはキモ過ぎるのでやめといた。
その代わりに、どんなに歳を取っても私はここを見捨てたりしないぞと心に誓った。